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【長崎の戦争遺跡】 戦時中に先生と子供達の手によって掘られた防空壕「無窮洞」を訪ねました

【長崎の戦争遺跡】 戦時中に先生と子供達の手によって掘られた防空壕「無窮洞」を訪ねました


無窮洞(むきゅうどう)は第二次世界大戦中に旧宮村国民学校(現佐世保市立宮小学校)の防空壕として掘られました。

掘ったのは先生に指導された高等部(今の中学校)の生徒達でした。

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長男が小学生の時、学校の課外授業で無窮洞へ行ったという話を聞いたことがありましたが、これまでこちらを訪れたことはありませんでした。

そこで今回、ドライブがてらでかけてみることにしました。


無窮洞の入り口には受付所があり、管理人さんがいらっしゃいました。

無窮洞を見学したい旨を伝えると防空壕内部をガイドしていただけるとのこと。

こちらにはボランティアのガイドさんが数名登録されており、一年中、午前9時から午後5時の間はどなたかが常駐されているそうです。

ガイドさんに無窮洞がつくられた背景、掘削方法、当時の使われ方などを教わりながら防空壕内を案内していただきました。

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もっとも広いスペースを持つ主洞(奥行き19m、幅9m)にはりっぱな教壇が備えつけられていますが、こちらで授業が行われたことは一度も無かったそうです。

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主洞以外には副洞(奥行き15m、幅3m)書類室食料庫といった部屋があり、これらの空間に全校生徒約600人が避難することができたそうです。

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壁や天井にはツルハシで掘られた跡がはっきりと残っていました。

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男子生徒がツルハシを持って掘り進み、女子生徒が壁をならす、といった作業が終戦の日までの約2年間続けられたそうです。

当時、この地域一帯のほとんどの成人男性は戦争に借り出されていたため、防空壕を掘るには残された子供達がやる以外になかったそうです。

戦後は地元の方の娯楽施設として利用されたそうです。
 
ガイドさんはこの壕の中で映画を見たことを記憶されていました。



長崎には平和公園をはじめ、さまざまな戦争遺跡が残されています。

少なくとも年に一度はこのような戦争遺跡へ訪れて、平和ボケしている今の生活を見直すきっかけにしたいと感じました。


おわり
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